(ウラソエグスク)

浦添グスク

所在地:浦添市字仲間城原

浦添グスクは、浦添市仲間集落の背後、琉球石灰岩丘陵の東端に築かれたグスクで、その規模は 東西約380m、南北約60m~80mとなっています。東側が古グスク、西側は新グスク(ミーグスク)と呼ばれ ています。さる大戦の激戦地「前田高地」で、その遺構が分からない程でしたが、近年の発掘調査で全貌が 解き明かされつつあります。
浦添グスクの歴代王統
・瞬天王統・・源為朝の子と言われる瞬天王から二代目瞬馬順キそして三代目義本王と三代72年続いたと伝わります。
・英祖王統・・太陽の子(テダコ)と呼ばれた英祖王から大成王・英慈王・玉城王・そして五代目西威王まで約90年
       続いたと伝わります。
・察度王統・・羽衣伝説の天女の子と呼ばれた察度王から武寧王まで二代約56年続いたと伝わります。そして尚巴志
       が三山統一して首里に遷都すると同時に廃城になったと推測されています。

浦添グスク!  
 撮影:グスクの城門跡地を見る

  ★グスクの概要

  史跡指定:国指定史跡

    ・築城者:?

    ・築城形式:連郭式

    ・標高:約130m~144m

    ・面積:東西約380m、南北約60m~80m


案内地図

浦添グスクへの案内図

グスクへは、安波茶交差点から牧港向けに約300m余進むと案内
表示板があり右折して入ります。道なりに進むと駐車場に着きま
す。

伊波普猷の墓

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沖縄の歴史学者「伊波普猷」の墓です。

グスク内

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やはり激戦地を物語る様で、陣地壕の跡に慰霊碑等が建てられて
います。地上遺構もほぼ皆無です。

グスクの城壁

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表門があったと言われる付近には、点在するように城壁が見えて
います。

グスクへの道

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駐車場からようどれの側を通りグスクへ向かう道です。途中右手に
伊波普猷の墓があり、右側の奥にその説明板が建てられているのが
見えます。

復元前の西側城壁

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現在、ここの城壁は復元されています。これは復元前の根石の状況
写真です。

グスクの城壁

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グスクの表門があったと言われる所です。発掘調査で発見されたも
のか、根石が見えます。

加工された切石

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想像ですが、城門に使われた石ではないかと思います。見事な石工
技術です。

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