(トミグスクグスク)

豊見城グスク

所在地:豊見城市嘉数

漫湖に注ぐ饒波川の西岸丘陵上に、南山王のいとこ「汪応祖によって築かれたと伝わります。3㌶の 広さに3重の城壁と5つの城門を持つ大きなグスクで、1853年に来琉したペリー提督の報告書にも「およそ 8エーカーの大規模城」と記述される程の規模だったと言います。しかし、さる大戦による破壊や、砕石などで 城壁等の遺構は失われ今は見る事は出来ません。
伝承では、南山が滅んだ後も、豊見城按司は中山に従わず抵抗を続けていましたが、中山王「尚巴志」の策略に はまり火攻めで落城したと言います。その後の伝承に、城への嶽上りは「ひのえの日」には禁じられたと言います。 この日に上がれば必ずハブが現れると信じられていたそうです。

豊見城グスク!  
 撮影:豊見瀬嶽とハーリー発祥の地の石碑

  ★グスクの概要

  史跡指定:ナシ

    ・築城者:伝承では、南山王「汪応祖」

    ・築城形式:連郭式

    ・標高:約97.2m

    ・面積:約30.000㎡


案内地図

豊見城グスクの位置図

グスクは、豊見城城址公園になっていて、長い間立ち入り禁止の状
態が続いていましたが、平成29年度に敷地の南西側に空手道会館が
建設されグスク跡地の手前までは行けるようになっています。

豊見瀬嶽

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沖縄県の一大イベントであるハーリー発祥のグスクとして有名な
グスクです。そのグスクの中にある「豊見瀬嶽」で、旧暦の5月ハ
ーリーウガンの神事が行われています。

周辺御願所

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城跡内にあった井戸や周辺の御嶽へのお通し等を行う所のようで
す。

一ノ郭

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一ノ郭の内部です。郭の周りに石積みが見られますが、遺構かど
うか分かりません。東側の奥には三角点があります。

三の郭

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三の郭は広々とした空間になっています。復元図にある北側の門跡
は崖沿いを歩いて辿ると分かりますが、他は分かりません。

崖沿いの石積み

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東側の取付道路の崖上に石積みが残っています。

豊見瀬嶽の入口

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豊見瀬嶽の入口です。この辺りに二の郭の城壁があったとお思われ
ますけど・・

ハーリー由来の石碑

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豊見瀬嶽へ入る入口の右側にハーリー由来の石碑が建てられていま
す。

一ノ郭跡への石段

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豊見瀬嶽の後方左側に一ノ郭への石段があります。復元図にある城
門跡への石段ではないかと思いますが・・・分かりません。

ニノ郭

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三の郭からニノ郭を見ましたが、遺構が残ってないので範囲が分か
りません。

東側の取付道路

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三の郭の東側にある門跡か?と一瞬思いましたが復元図の位置とず
れています。城址公園の時に整備された物かも知れません。

崖沿いに残る石積み

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三の郭の周りの崖沿いには少しずつですが根石が残っています。

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