グスクへの道標

沖縄本島のグスク案内サイト
沖縄の各地に残るグスクには、魅力的なグスクがたくさんあります。晴れた日には友達誘ってグスク探訪に 出掛けてみませんか。


ロゴ画像

撮影:江洲グスクの丘陵(2004年12月)

沖縄県:うるま市位置図     

江洲グスク


(イージグスク)
所在地:うるま市具志川字宮里小字宮城原

★グスクの概要

    ・史跡指定:ナシ

    ・築城者:?

    ・築城形式:?

    ・標高:約100m

    ・面積:南北約150m、東西約60m

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●江州グスクは、うるま市具志川の中原小学校の背後にある標高約100mの琉球石灰岩丘陵に築かれたグスクで、 通称「えすのつちぐすく」とも呼ばれており、名称の通りグスクの石積み遺構は見られず土のグスクではないかと見られ ています。
このグスクの伝わる城主では、北山系の江州按司、尚巴志王の六男布里王子、尚泰久王の五男尚武(中国から初めて歴を持ち帰る)等が伝わっています。 この中でも特に有名なのは、第一尚氏の跡目争い「志魯・布里の乱」の布里王子で首里城も焼け落ちる程の争乱だったと 言われています。

※TOPの「お知らせのグスクの情報」を見る

案内地図

写真1

グスク入口は3ヶ所あると思われますが、南西側の小学校背後は、草に覆われ入れません、北側の集落側からの道もあると思いますがやはり南側の一番広い道がいいと思います。※現在、南側以外からは入れません。

江洲グスク丘陵復元図

写真2

江州グスクの丘陵を、1948年米軍地形図を元に復元してみました。個人の想像も入っており正確性はありません。イメージ程度で見て下さい。※興味深いのは、地形図で石灰岩丘陵の上に段差のついた小さな広場が見えます・・・(現在、消失して細い尾根になっています。)

写真3

メイクマン具志川店の向かいの交差点から見たグスクです。中原小学校の背後の丘陵がグスクです。

写真4

住宅街の道路沿いにグスク入口があります。コンクリートで舗装された道はすぐ分かります。

写真5

グスク入口から入った道ですが、3回訪れて2回は下草が刈られていましたが、1回は入れない状態でした。入れない場合は再度機会を伺って訪れて下さい。

写真6

グスク内通路の半分ほど進んだ道の状況です、この時はほんとに気持ち良く歩けました。

写真7

按司墓入口を過ぎた所の通路です、左側は小学校西側へ出て、右側は集落方面へ出ると思われます。※あれから、通れるかチェックしました、通れません。

写真8

下草がない場合はコンクリートの階段の上まで見通しが効き気持ち良く按司墓までいけます。(撮影:2004/11)

写真9

崖下には立派な按司墓があります。この江州グスクには「アカマタ・クロマタ伝説」の話があったと思いますが・・?

写真10

この按司墓は初代江州按司から三代目迄の江州按司の墓とされており、又、ノロの墓はその妹やノロを葬った墓と言われています。

写真11

按司墓の断崖の上には、1948年の米軍地形図を参考にして面積を算定すると、おおよそ80坪前後の楕円形の広場がありましたが、現在は残っていません。

写真12

第一尚氏六代目の尚泰久王は、越来王子の頃に世利久という女性との間に一男(尚泰久王五男尚武)をもうけた。母子の為にこの地に家を建てて住まわせ誕生の記念にミカンと白椿の木を植えた。(説明板より)

写真13

イシガー(ターチュウーガー)と呼ばれる井泉です。

写真14

手前の左側がターチュウーガーで、通りの先の右側に白椿伝説の標識が見えています。


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