(イージグスク)

江州グスク

所在地:うるま市具志川字宮里小字宮城原

江州グスクは、うるま市具志川の中原小学校の背後にある標高約100mの琉球石灰岩丘陵に築かれたグスクで、 通称「えすのつちぐすく」とも呼ばれています。名称の通りグスクの石積み遺構は見られず土のグスクではないかと見られ ています。
このグスクの伝わる城主では、北山系の江州按司、尚巴志王の六男布里王子、尚泰久王の五男尚武等が伝わっています。 この中でも特に有名なのは、第一尚氏の跡目争い「志魯・布里の乱」の布里王子で首里城も焼け落ちる程の争乱だったと 言われています。

江州グスク!  
 撮影:江州グスクを望む

  ★グスクの概要

  史跡指定:ナシ

    ・築城者:?

    ・築城形式:?

    ・標高:約100m

    ・面積:南北約150m、東西約60m


案内地図

江州グスクへの案内図

グスク入口は3ヶ所あると思われますが、南西側の小学校背後は、
草に覆われ入れません、北側の集落側からの道もあると思います
がやはり南側の一番広い道がいいと思います。

交差点より望む

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メイクマン具志川店の向かいの交差点から見たグスクです。中
原小学校の背後の丘陵がグスクです。

グスク内の通路

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グスク入口から入った道ですが、3回訪れて2回は下草が刈られて
いましたが、1回は入れない状態でした。入れない場合は再度機会
を伺って訪れて下さい。

墓入口先の通路

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按司墓入口を過ぎた所の通路です、左側は小学校西側へ出て、右
側は集落方面へ出ると思われます。

按司墓

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崖下には立派な按司墓があります。この江州グスクには「アカマ
タ・クロマタ伝説」の話があったと思いますが・・?

按司入口と断崖の状況

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按司墓の断崖の上には、1948年の米軍地形図を参考にして面積を算
定すると、おおよそ80坪前後の楕円形の広場がありましたが、現在
は残っていません。

グスクの概略図

江州グスクの概略図

江州グスクは、元々石積み遺構を持たない土のグスクと言われるよ
うに、遺構が見られない上に縄張りも分からないグスクです。現在
は階段を上った崖下に按司墓があるだけです。

グスク入口

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住宅街の道路沿いにグスク入口があります。コンクリートで舗装さ
れた道はすぐ分かります。

グスク内通路

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グスク内通路の半分ほど進んだ道の状況です、この時はほんとに
気持ち良く歩けました。

按司墓への入口

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下草がない場合はコンクリートの階段の上まで見通しが効き気持ち
良く按司墓までいけます。(撮影:2004/11)

按司墓とノロの墓

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この按司墓は初代江州按司から三代目迄の江州按司の墓とされてお
り、又、ノロの墓はその妹やノロを葬った墓と言われています。

グスクの白椿伝説

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第一尚氏六代目の尚泰久王は、越来王子の頃に世利久という女性との
間に一男をもうけた。母子の為にこの地に家を建てて住まわせ、誕生
の記念にミカンと白椿の木を植えた。(説明板より)

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