(ナカグスクグスク)

中城グスク

所在地:中城村字泊

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中城村字泊集落の背後、標高約160m余の琉球石灰岩台地の上に築かれたグスクで、古琉球城郭史上の 完成期のグスクと言われています。
六つの郭から成るグスクは、読谷山按司「護佐丸」が、勝連按司「阿麻和利」の抑えとして、この中城の地を賜り 中城グスクを居城にし、現在の城郭に拡張したと言われております。
・月見の宴の不意をつかれ落城
1458年8月15日の深夜、勝連按司「阿麻和利」の軍勢と首里の軍勢に、月見の宴も終わり寝静まった頃の不意を つかれ、按司の中の按司と言われたさしもの「護佐丸」も態勢を立て直すいとまもなく自害落城したといいます。 この時、乳母と落ち延びた三男「盛親」が、後の「尚円王」に取り立てられる「豊見城按司盛親」であることは 知られるところです。

中城じょうせき!  
 撮影:一の郭の内部

  ★グスクの概要

  史跡指定:国指定史跡
   世界遺産:琉球のグスク及び関連遺産群

    ・築城者:先中城按司、護佐丸

    ・築城形式:連郭式(六つの郭)

    ・標高:約160m

    ・面積:約13,100㎡、城壁総延長:約966m


案内地図

中城グスクの位置図

中城城址公園も、世界遺産に登録されてからは有名にな
り、案内表示板も充実しカーナビでも行けるので、説明
をはぶきます。

グスクの裏門

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中城グスクの裏門で拱門(アーチ門)です。余りにも
立派過ぎて表門に間違われそうです。この門構えは今
帰仁グスクの平郎門、表門は首里城の歓会門と似てい
る気がしますが・・・

三の郭入口石段

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裏門を入った左側、三の郭への石段です。三の郭から
ニノ郭へは門がなく、一旦西の郭へ出てからしか行け
ません。

ウフガー

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裏門を入った右側のウフガー(大井)です。この井戸
を囲うように高い城壁を巡らせています。

表門を望む

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南の郭の城壁より表門を望む、抱え込むような構造で
、両側より矢を射るようになっています。

一の郭の城壁

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長い年月を得て築かれたと言われるように、野面の石
積みの上に布積みの石積みが見えます。北の郭のあい
方積みと古琉球の石造技術を見ることが出来るグスク
です。

南の郭

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南の郭は、首里城の京の内と似た聖地で、遥拝所や御
嶽が点在しています。

中城グスクの表門

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中城グスクの表門です、首里城の瑞泉門と同じ楼門形式
(門の両側の石垣の上に木造の櫓を載せている)となっ
ています。

北の郭

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裏門を入った北の郭内部です。左側に三の郭、右側にウ
フガーがあり奥に西の郭への門が見えます。

三の郭

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三の郭の内部です。両側には城壁に登る石段が付けられ
ています。

北の郭の城壁

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ウフガー(大井)を囲う西側の城壁、高い城壁は見るも
のに威圧感をあたえます。

南の郭への道

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南の郭へは、一の郭の高い城壁下を通り、180度折れて
南の郭の城壁横を通り南の郭の門へ向かうように出来
ています。

一の郭南側城壁

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断崖の上に積まれた一の郭の城壁です。右下に城壁の通
りを確保するために?ニービ石が掛けられています。こ
れと似た石積みが那覇港の三重グスクの城壁にもあった
と思いますけど・・・。

南の郭の矢狭間

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南の郭の矢狭間と言われる城壁に開けられた穴です。北
の郭にもあります。又、うるま市の安慶名グスクにも似
たような矢狭間があります。

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