仲間グスク一帯の空中写真(1945年)
「沖縄県公文書館所蔵資料」の中の1945年12月10日に撮影された、仲間グスク一帯の空中写真です。この仲間グスクの調査はまだ行われていないといされ、グスクの位置や構造等も分かっていません。資料では、入口は小波蔵集落側にあると予測され、頂上部には灌漑用のタンク?が作られ、タンクの東側丘陵は採石場で破壊を受けているとされています。
仲間グスクの空中写真(1945年)
1945年12月10日に撮影された仲間グスクの拡大写真です。この写真に後で作られた貯水タンク?と思われる建物と配水池を重ねてみましたが辺りにグスクの遺構らしきものは見当たりません。
仲間グスク一帯の空中写真(1948年)
同じく1945年から3年後の1948年2月13日に撮影された、仲間グスク一帯の空中写真です。
仲間グスクの空中写真(1948年)
1948年2月13日に撮影された仲間グスクの拡大写真です。この写真では小波蔵集落の北側「国番ノ御嶽」側から丘陵頂部に続く道、そして集落の東側にある採石場跡を通って丘陵を抜け戦跡の「轟壕」側へと続く道が確認されます。※このグスクの遺構は調査でも入らない限り位置を示すのは難しいと思われます。
仲間グスクの空中写真(1977年)
この写真は、沖縄県地図情報システム内「遺跡地図」の中にある1977年に撮影された仲間グスク一帯の空中写真です。この写真では、頂上部(この辺りでは、最頂部)に灌漑用の貯水タンク?とその下に配水池が写っています。
案内地図
仲間グスクの位置は、遺跡地図でも範囲が広い上に雑木林に覆われて入るのが難しく、その遺構を確認する事が出来ない状況です。2ケ所の入り口の状況と、水源地の東側の遺構を紹介します。
国番ノ御嶽側の道
地図で見た限りでは、丘陵に向かって続いていそうな道の一つです。
道の途中にある国番ノ御嶽です。丘陵に向かって道が続いていますので、先に進みます。
少し歩くと左側に石積み等があり、期待しなが歩いて行くと残念です、行き止まりになっていました。
降り井戸「ウーガー」
国番ノ御嶽への道の手前右側に立派な降り井戸があります。
「ウーガー」
井戸の階段を降りて行くとウーガーと書かれていました。大里グスクのチチンガーを思い出します。
水源地へ
地図上にもこの水源地の道がハッキリと示されているいますが、現在、利用されてなく、雑木に覆われています。
水源地の中の状況
意を決して雑木をかき分け中にはいります。進めるのもここまででした。水源地の管理小屋がありますが周囲の状況は掴めません。
水源地の少し離れた右側に産業廃棄物処理場があります。
あきらめきれずに車の側で休んでいたら、目の前の黄色い水タンクの側に道らしき入口が見えます。
丘陵の中へ
ありました!道が丘陵に向かって続いています。急いで登ります。
丘陵へ続く道
途中で行き止まりにならないようにと祈りながら進みます。
丘陵上に着いた辺りで急に視界が開けます。手前に石積みの根石のようなものがあります。
丘陵上の道をたどると正面に城壁らしい石積みがあります。
石積みで囲まれた中の北側崖沿いに、古い拝所があります。
拝所の後方、崖沿いに沿って石積みが続いていますが奥には入れませんでした。この石積みで囲まれた遺構と手前の根石の様な遺構は仲間グスクと関係あるのか・・・。
拝所の側の露出した石灰岩を利用して積まれた石積み。