グスクへの道標

沖縄本島のグスク案内サイト
沖縄の各地に残るグスクには、魅力的なグスクがたくさんあります。晴れた日には友達誘ってグスク探訪に 出掛けてみませんか。


ロゴ画像

撮影:三の郭より一の郭を見る

沖縄県:糸満市位置図     

上里グスク


(ウエザトグスク、イージャトグスク、イー(上)グスク)
所在地:糸満市字束里

★グスクの概要


・南山王「温砂道」の亡命伝説を秘めて
群雄割拠の時代に南山の支城として上里按司によって築かれたと伝わります。崖上の3つの郭からなる上里グスクと 崖下の山城グスクは、近年の調査で一体化した大規模なグスクと判明しています。
朝鮮国「李朝実録」の書の中で出てくる琉球国山南王「温砂道」という名前は、方言でウフサトとも読める事から、 この上里グスクの上里按司ではないかという説もあり、又、おもろでも「聞こゑ上里」と讃えられています。このグスクの規模 や周辺のグスクが支城とすれば信憑性が帯びてきます。これも又、謎の多い南山史の一つだろうと思われます。
・中山と南山の連合軍により落城
一説では、このグスクの城主は「温砂道」で、南山王承察度をおさえ、南山に君臨しますが、2~3年後に中山王 武寧に攻められ、上里グスクに逃げ延びますが、4年後(洪武31年)に中山と南山の連合軍に攻められ落城した と伝わります。


案内地図

写真1

グスクへは、平和創造の森公園から山城集落向けに進んで左折し上里集落に入ります、約200m余で左手に糸豊環境美化センター入口の標識があり、その道向かいにグスクへの入口があります。

グスク概略図

写真2

グスクの縄張り図を参考にして絵を描いて見ました。上里グスクの方は比較的に中を見て歩けますが、山城グスクは深い藪に覆われて中を見る事が出来ない状態です。

写真3

グスクへの入口です。左側に拝所らしき所があり、右側に畑地がある農道を入って行きます。

写真4

上里グスクへの入口は、上里集落の手前糸豊環境美化センターの入口前の道向かいにあります。

写真5

城門跡を入った左側の3ノ郭内の状況です。下草がなく見通しが良いです。右側に郭の石積みが見えます。

写真6

3ノ郭の城門跡です。辛うじて城門跡だと分かる程度残っています。

写真7

3ノ郭の城門跡を入った左側の西側へ延びる城壁です。

写真8

城門跡を入った3ノ郭右側の城壁です。

写真9

3ノ郭と基壇と呼ばれる郭をを仕切る城壁です。

写真10

三ノ郭より少し高い所の北側崖沿いに位置する基壇と呼ばれる郭です。

写真11

段差のある一ノ郭の城壁の間から見た1ノ郭内です。

写真12

基壇と呼ばれる郭の東側城壁です。

写真13

段差のある一ノ郭の城壁の間から見た3ノ郭内です。広々とした空間が広がっています。

ページの先頭へ戻る



山城グスク


ロゴ画像

撮影:道路沿いにある山城グスクの大岩を見る

沖縄県:糸満市位置図     

山城グスク


(ヤマシログスク、シチャ(下)グスク)
所在地:糸満市字山城(前原)

★グスクの概要


●山城グスクは、山城集落の南側標高約40m丘陵斜面に築かれたグスクで、シチャ(下)グスクとも 呼ばれています。この丘陵の上には上里グスク(上グスク)があり、近年の調査で上里グスクと一体化 したグスクだと判明しています。
グスク内には、大岩の上や斜面の崖沿いに石積みが残っていますが、さる大戦で被害を受け状態は悪い と言われています。現在、グスク内はひどいヤブに覆われ視界も悪く入る事が出来ず、周囲から見る事 しか出来ません。


案内地図

写真1

グスク入口は農道が走っていますが、現在、利用されてなく荒れ果て通る事が出来ない状態です。

道路脇の岩山の城壁

写真2

山城集落から上里集落に向かう途中、右側の岩山に石積みが見えます。

写真3

道路から見える大岩の下の状況です。まだ何とか歩けます。

写真4

岩山の下を歩いていると、大きな岩山頂部に石積みが見えます。物見台でしょうか?この岩山登り口がないそうです。

写真5

グスク内の崖上に残る崩れた石積みです。

写真6

現在、土で埋まっていますが、「降りガー」と云われる形式の井戸跡だそうです。


ページの先頭へ戻る

copyright© 2018 Hirata chikudono Pechin All Rights Reserved.

inserted by FC2 system