案内地図
玉城一帯のグスクの位置図。
県道137号線を、親慶原方面から百名向けに進むと垣花集落が見えて来ます。集落の外れにそれと分かる丘陵が左側に見えてきますので、矢印の方向から集落の中に入ります。
右側にグスクの丘陵を見ながら約160m位い進むと、二手に分かれた道に出ます。その右手の方に標識の建つグスク入口があります。
グスク入口の正面に建つ標識です。その背後の斜面を上るとニノ郭の城門跡に出ます。
グスクについての説明と縄張り図が記載されています。
ゴツゴツした石灰岩の間を通って城門跡へ向かいます。
同じく城門跡へ続く道ですが、かつては石畳の階段があったと思われますが、さる大戦で破壊を受けたのか、その形状を見ることが出来ません。
ニノ郭の城門跡です。門の原形はとどめていませんが、両脇には城壁の石積みが残っています。
城門跡より上ってきた所を振り返って見た写真です。
城門脇の石積みで、露出した岩と岩の間を繋ぐように積まれています。
辛うじて門の幅や、積まれていた石積みが想像できるくらいの痕跡が残っています。
ニノ郭の城門跡から南へ延びる城壁で、辿って行くと一ノ郭の城壁に続いており、一ノ郭内部に入れます。
同じくニノ郭の城門跡から北側へ続く城壁です。
城壁としての原形を良く残しています。この垣花グスクも城壁周りの木々を伐採し、見通しが効くようになれば、みごたえのあるグスクになるような気がしますが・・・
ニノ郭の北側城壁で、崖沿いに良く残っています。
同じく北側の城壁ですが、沖縄のガジュマルの木は本当に石垣が好きですね・・・邪魔者のようで、そうでないようで・・・
北側城壁の下、集落側にある「按司墓」?です。聖域の雰囲気が強く入るのをやめました。
左記の写真と同じ「按司墓」でタテ撮りしたものです。
ニノ郭から見た、一ノ郭の城壁です。
左記の写真と同じで、拡大したものです。
城門跡を入った所から見たニノ郭内部です。正面の奥に一ノ郭の城門跡が見えます。
ニノ郭の内部で、集落側に続く道です。この先からもグスク内に入れるようです。
ニノ郭から一ノ郭の城門跡へ続く道です。これは、2003年の写真です。
左記と同じ写真で、これは2014年の写真です。
一ノ郭の城門跡からニノ郭に向かって右側の城壁です。この右端の城壁に、ニノ郭の南側へと続く城壁が繋がっています。このグスクの弱点だと思われる所です。
一ノ郭の城門跡を郭の内部から見たもので、下の方にニノ郭が見えます。
左記と同じ、一ノ郭の城門跡を内部の少し奥から撮影したものです。
城門を入った所からみた一ノ郭内部です。私の想像ですが、手前が御庭で一段と上がった所が本殿跡、その奥ににも広場がありますので、そこが御内原ではないかと考えて見ました。あくまでも想像ですが・・・
一段と上がった所の内部からみた郭の様子です。
郭内部の「アフィハナテルツカサの御イベ」とよばれる拝所です。
一ノ郭の城門脇に残る石積みです。
左記と同じ城門脇の石積みです。
これはニノ郭からみた一ノ郭の東側城壁です。
これもニノ郭からみた一ノ郭の東側城壁です。
左記と同じニノ郭からみた一ノ郭の東側城壁です。
左記の写真と同じ、東側城壁です。
一ノ郭の南側城壁です。南側の崖沿いも城壁が良く残っています。ここにも拝所が見られます。
左記の写真と同じく南側に残る城壁です。
左記の写真と同じく南側に残る城壁ですが、見た目で3m程はあろかと思われ垂直に積まれています。
上記の位置を反対側から見たものです。
これも一ノ郭の南側城壁です。
一ノ郭の背後にある郭です。右側の崖下に「按司墓」があると思われますが、中に入れない状態です。
この縄張り図を描ける程、城壁が良く残っている事が分かります。グスクロード沿いの玉城グスク・糸数グスク・根石グスク・ミントングスク・船越グスク等のグスクも一緒に巡る事をお勧めします。