尚布里・尚泰久王・百十踏揚の墓

所在地:南城市玉城字富里、當山
仲栄真・大川グスク共、写真が少ないので、第1尚氏ゆかりの地でもある富里・當山一帯 にある尚布里・尚泰久王・百十踏揚の墓を案内します。

尚布里・尚泰久王・百十踏揚の墓位置図

尚布里・尚泰久王・百十踏揚の墓位置図

尚布里・尚泰久王・百十踏揚の墓の位置図です。なお尚泰久王の墓の側には、安次富金橋の墓が、百十踏揚の墓は、三津葉多武喜も一緒です。👆~拡大します。

~~尚布里の墓入口~~

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尚巴志の6男「布里江州王子」の墓で、「志魯・布里の乱」で歴史に名を残しています。その最後については諸説ありますが、 ここに墓が実在するとなれば、終焉の地としの説が信憑性があると思われますが・・・

尚布里の墓入口

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県道38号線を、国道331号線向けに進んだ右側にあり、老人ホームの施設の背後に近い距離にあります。

尚布里の墓

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県道38号線沿いの「尚布里の墓」です。

尚泰久王・安次富金橋の墓

尚泰久王・安次富金橋の墓

県道48号線を国道331号線向けに進み、国道に突き当たる手前約90m右側に入口があります。この国道に突き当たる所に 居酒屋「八幡亭」がありますが、この名称はひょっとして尚泰久王の4男「八幡加那志思徳金」の名からとったものでは と考えてしまいます・・・私見ですが。👆~拡大します。

尚泰久王・安次富金橋の墓入口

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上記写真の入口から入り、突当りにある尚泰久王・安次富金橋の墓への入口です。

尚泰久王・安次富金橋の墓入口

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上記写真の入口から入り、突当りの墓入口から振り返り撮影したものです。

入口脇に建つ標柱

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コンクリート舗装された道路の入口脇に建つ標柱です。

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墓への道から

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標柱を左に見ながら進むと、大岩の崖下にある墓地が見えて来ます。手前の左側には標識が建てられています。

標識

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標識ですが、第一尚氏王統の系図の中の七男「尚布里」が引っ掛かりますが・・・

墓入口から

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墓入口から撮影したもので、奥から安次富金橋、尚泰久王の墓となっています。

尚泰久王御墓

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尚泰久王の御墓です。

安次富金橋の御墓

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奥に拝所ある、安次富金橋の御墓です。

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御墓と駐車場

御墓と駐車場

国場331号線を知念向けに進むと、Aコープ玉城店入口の手前左側に御墓のある大きな岩と駐車場が見えて来ます。👆~拡大します。

駐車場

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御墓入口から撮影した、駐車場です。

百十踏揚・三葉多武喜の御墓入口

百十踏揚・三葉多武喜の御墓入口

仲栄真グスク側の駐車場から、南城市陸上競技場の東側を通る道路があり、その道路の右側に御墓入口があります。👆~拡大します。

御墓への入口

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陸上競技場のグラウンド側の御墓への入口で、標識が建てられています。

標識

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標識で、百十踏揚について記載されています。

仲栄真腹門中之墓入口

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百十踏揚の御墓は、標識に記載されているように、御墓が仲栄真腹門中の側に移されたので、 百十踏揚の御墓の入口表記はありません。仲栄真腹門中之墓入口となっています。

御墓入口

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御墓入口を入り、少し上ると、前方に御墓入口が見えて来ます。

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御墓の内部

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御墓入口から撮影した御墓内部です。

御墓

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右側が百十踏揚と三津葉多武喜のはかで、左側が仲栄真腹門中之墓となっています。

百十踏揚と三津葉多武喜の墓

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百十踏揚と三津葉多武喜の御墓です。

百十踏揚と三津葉多武喜の墓

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上記と同じ百十踏揚と三津葉多武喜の御墓です。

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