西側の集落外れからグスクへ延びるコンクリート舗装の道です。2014年に訪れた時には倒木が入口付近にありました。これは入口付近を道の途中で振り返り撮影したものです。
道が綺麗な時は車でグスク入口の広場迄、入れそうです。コンクリート舗装の滑り止めの溝が施されていますので、人が歩く道だけじゃなさそうです。
上記の写真と同じグスクへの道の途中です。
グスクへの道の途中、道の右側に円柱状に加工された石が建てられています。何か意味がありそうな石ですが・・・
グスク入口へ近づくにつれ、草が道を覆っています。
道の先が開けて来ました、もう少しでグスク入口の広場に出ます。
出ましたグスク入口の広場です。西側の入口から、ここまで、Wの字を引き延ばした感じの道の長さは約300m程です。念のためこれは広場から振り返って撮った写真です。
西側の道から入った、グスク入口の広場の様子です。
東側の入口の様子です。道路の行き止りは広場になっています。正面に見える円形の鉄枠(ライナープレート)は、不発弾を囲ったものです。その背後からグスクに向かいます。
不発弾を囲った枠の背後から、右側の藪沿いを通ってグスクに向かいます。
約50m位歩いた先にある、段差沿いに取り付けられた階段です。ひょっとしたらですけど、グスクを整備する時、資材類は、ここから運んだかもしれません。推測ですけど・・・
東側の道から入った、グスク入口の広場の様子です。
入口に建つ標柱と標識です。
標識です。
左記の写真と同じ標識です。
入口の階段途中から、振り返って撮ったグスク入口前の広場の写真です。
いよいよグスクに入ります。
城門跡と思われる所です。前に見える登り階段は、最初の岩の割れ目にかけられた階段です。登るときに階段下を見て下さい、階段が出来る前の様子が分かるかもしれません。
入口の両側には、僅かですが野面の石が見えます。
割れ目からの敵の進入を防止するために、割れ目を石積みで塞いでいます。これは、船越グスクにも見られるものです。
この保栄茂グスクで興味があるのは、この空間が何に使われていたのか興味がありますが、それを語る書物が探しきれません。中に居住空間があったのか・・・中に降りるところがありません。
岩山に囲まれたところに井戸跡らしいのがあります、水を湛えているように見えます。保栄茂グスクの用水井か・・・
大岩の崖上の通路で、3つの大岩を繋いで作られています。
左記の写真と同じ通路で、先にグスクの頂上部の岩山が見えています。
頂上部の岩山の間の割れ目にも石積みらしきものが見え、崩れた野面の石が見えます。
出ました、保栄茂グスクの頂上部です。拝所や三角点(標高105.80m)があります。残念ながら周りに石積みが見当たりません。さる大戦で失われたのか・・・
西側から見た頂上部の様子で、約50㎡(15坪チョット)位ありそうです。
西側から見た頂上部の様子です。余談ですが、大城森グスク、賀数グスク、平良グスク、長嶺グスク等がこれと似た感じがします。
豊崎方面の写真です。
渡橋名方面の眺望で、渡橋名グスクと渡嘉敷グスクの丘陵が見えます。
帰りに、グスクの北側崖下に位置する殿の広場へ向かいます。グスク入口に向かって右側に殿への道があります。
殿の広場への道です。先の方に広場が見え、その広場の左側に拝所があると思いますが、広場は膝位の高さ迄、草が伸び足元が見えませんので、入るのを諦めました。
東側の入口の道路から撮影した平良グスクの丘陵です。
上記の写真と同じ方向ですが、これは、車を止めた位置からの撮影です。